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2011年8 月 6日 (土)

コメント

たにやん

若松孝二監督の友人・たにやんです(3月10日に大阪のインストア・ライヴでご挨拶させていただきました)。映画『キャタピラー』から、この曲の深さをしみじみ感じています。何度聴いても心にしみいる名曲です。平和の大切さ、忘れてはいけませんね!

まりままん

ちとせさん、こんばんは。少し涼しい今夜、オーキャンを思い出しながらここへ来たら、このブログに出会いました。
以前にある小規模のパネル展示で、疎開していた広島の子が原爆のために多くが戦災孤児になった、と説明がついた、淋しそうな女の子の写真と目が合ったことがあります・・・母となってあらためて「戦争」の本当の悲しさを感じた瞬間でした。
そして「死んだ女の子」は、富士急オーキャンで初めて私の胸に、ちとせさんから「届いた」とくべつな歌です。あれからずっと、母として、ちとせさんの思いに共感してます。

ことの葉

広島の小中学生に、原爆が投下された日時を正確に答えられない子供が増えている・・・ということを問題視するニュースをみました。
「そうなんだ・・・。」と思う一方で、日時を正確に答えられる、ということが、あの出来事についての想いが伝わっていることを量る尺度としてふさわしいものなのかなあ・・・と疑問にも感じました。
ただ「知識」として伝えられたものは、開かれることの滅多にない本みたいに、埋もれて、そのうち忘れ去られてしまうかもしれない・・・。
ふと、シマ唄が口伝されてきたものであることを思い出しました。大切なことは、記された知識として保存するのではなく、心と体に感触を印すことで、生きたものとし続けなければ・・・。
「死んだ女の子」が印す感触が、平和への強い想いを再生し続けることを願って・・・。

K

前日のちとせさんのラジオ番組で流していただきましたよね。
恥ずかしながらその時ハッと思い出したのです。
オリエントがナウプレイング。
昨日は情熱大陸東京お疲れさまでした!

MERODY

「死んだ女の子」は反戦歌なのですね、

反戦歌として歌い続けるちとせさんを
応援します。

はせあき

8月6日に、6月23日の沖縄、8月9日の長崎が忘れてはいけない日。
そして、2011年3月11日が新たに加わってしまいました。

広島の20個分の漏れた放射能は66年後どーなっているのでしょうか。
戦争は過去の人たちがやった事。
放射能が漏れたのは、今。自分たちの時代の事。

我々は何をどうして行けば良いのか、
生き方が問われているようだ…。

清く強く生きたいものだ、ちとせさんの唄を力にして。

Champloo

 66年前ヒロシマの人々がヒバクし、いままたフクシマの人々が福島第一原子力発電所の事故で、いまも毎日危険にさらされたままです。
 ノーモア ヒロシマ・ナガサキの国でなぜ悲劇を繰り返してしまったのか、私たちは真剣に考えなくてはならないと思います。直ぐに福島の子どもたちを安全なところへ!

たぁ坊

今年は特に原子力について考えさせられます。

安全だと思われていた原発も、事故が起これば、その後の被害ははかりしれませんから・・・

それを武器として利用する原爆は、人が人に使っていいはずがありません。

二度と繰り返さぬよう語り継いでいきたいものです。

フクタカ

本当に風化させては、いけませんね。ち―ちゃんファンになってから特に意識する様になりました。今年も『死んだ女の子』この歌にふれて、よく考えてみたいと思います。ブログありがとうございました。

天野三郎

テレビでも特集が組まれていますが、原爆の恐ろしさを再認識しました。そして、死んだ女の子を聴いてより強く自分の胸にも刻んでいます。また、mixiやFacebookを使ってこの歌を広めています。平和への祈りを込めて。

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