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2013年2 月26日 (火)

コメント

名前のない鳥

先月、奄美大島を旅行しました。

奄美大島での食事は、ほんとうに何をいただいても美味しく、とくに生まれてはじめて食べた夜光貝の刺身の味は格別‼
もちろん「田原製菓の黒糖かりんとう」もゲットしましたよ。。

奄美大島に吹く風は、ほんとうに優しかったです。

元ちとせさんの歌は、なにか奄美大島の大地から聞こえてくるような気がしています。

mikazuki

ちぃちゃん、こんにちわー^^/

あったかくなってきたなぁ~、そろそろ春かなぁ~

久しぶりに”春のかたみ”聞かせてほしいなぁ♪♪

t-papa

元さん、こんばんわ!3月に入りましたね。
今月の23日と24日、元さんは福岡県大川市と三重県東員町でライブをされるんですよね。今はライブを控えて「充電期間」なのかな。2月の10周年記念ライブを終えて、3月からが実質的な11年目スタートですね。今年は貴方にとってどんな年になるのかな----。

かつて新潟県の三条に「小林ハル」さんという方がいました。
彼女は、「最後の瞽女(ごぜ)」と言われた人です。「瞽女(ごぜ)」とは、目が見えないというハンデイキャップを負いながら、三味線の弾き語りで物語や唄を歌うことを生業として、門付けをして(農家などの家々を回って)歩く女性を言います。
小説や映画などで描かれた「瞽女」は暗く、悲しい、ハンデをもった女性として語られることが多いのですが----でもそれは、一面的な見方でもあります。

障害者の福祉制度などが無く、就ける職業も制限されていた昔、目が見えないというハンデをもった女性はどうやって生きて来たのか----。
先に逝く親は、幼くして失明した娘を、生涯にわたり面倒みることは出来ないので----自分のことは自分で出来るように厳しいしつけをして、「瞽女」の女師匠に修行に出したそうです。生きて行けるように----。

生後3週間で失明した、小林ハルさんもそうして修行に出されました。
5歳で稽古がはじまったハルさんは、小さすぎて三味線を膝の上に置いた枕に乗せてようやく弾くことが出来たといいます。弦を押さえる左手の指が破れて、痛くて---でも我慢して痛くない振りをして稽古をしたそうです。門付けのお供が始まった頃から「寒声」を出す訓練を始めたそうです。
「寒声」とは、冬の一番寒い時期に、発声練習をすることで、「ほんとうの声」「長い語りに耐えられる変わらぬ声」を得るために、早朝と夜に毎日、信濃川の土手で訓練をしたそうです。
寒風の中で14年にも渡り、毎年行った訓練で、ハルさんは「生涯の歌声」を獲得します。村の鎮守様に奉納出来るほどの歌声----後年、弟子の方によると----ハルさんが歌うと障子がビリビリと振動したと言います。

「瞽女」は「乞食芸能者」のように言われますが、娯楽などがほとんどなかった農家にとっては、「ハレ」の唄の世界を運んでくる「マレビト」として大事にされ、また来訪は縁起が良い事とされていました。
「瞽女」の持っている米との交換を求められたり、着ていたボロの糸をほしがられたり(安産の御守)、養蚕の繭を触ってくれと頼まれたり(良い繭になる)とか----差別は当然あったでしょうが、人々は彼女たちが何とか生きて行ける道を切り開いてもいました。
門付けで最後の歌が終わると、農家の人は「また来年も来てくださいね」と涙ながらに手を握って「心付け」を渡したそうです。

「瞽女」の方のCDを聞く機会がありましたが、「これしか生きて行く術(すべ)がない」と思い定めて、厳しい修練を重ねた気迫が伝わって来ます。
目が見えないので----音に触り、聞き手の魂を揺さぶる、心に触るような音と歌です。
小林ハルさんは晩年に、この道一筋を極めた方として黄綬褒章を受章し、人間国宝にも選ばれましたが、2005年亡くなられ、日本から「瞽女」という職業はなくなりました。

また、くどくどと書いてしまいましたが-------こんな方もいたとして----何かのヒントになればと思った次第です。貴方の歌声の元になった島唄と、何か似通ったものを感じました。

元さんはかつて「歌うことを仕事にしたので、先はわからない」と話しておられますが--------これは私個人の「願い」なのかも知れませんが、先を見据えて10年後、20年後、そしてその先までもずっと歌い続けておられるような「凄い」歌手になってほしいと思っています。
もちろん、目前にある一つひとつの事を積み上げて行くことが、大切なことでありますけれども----。

元さん、貴方は、私達ファンにとって「ハレ」の歌の世界を運んで来る「マレビト」なのです。貴方のアルバムを聴いていて、貴方は間違いなく、歌手としての高い「表現力」と「志(こころざし)」とを併せもった100年に1人の逸材であると思います。その歌声はいつも私達の心の中の障子をビリビリと振動させてくれます。
私の拙いコメントが、何かわずかでも、これからの貴方のお力になれれば幸いと思います。

羽と衣

うわぁ!! 素敵なお花ですね♪

そして、めちゃくちゃ美味しそうな御弁当〜(-゜3゚)ノ
バランスが摂れていて、健康にも、一躍を担ってくろそうですね(^3^)/

今年は奄美に行く予定なんで是非是非、足を運びたいです!? かりんって御名前、ドラゴンボールに出てくる仙人さんと一緒で、なんか、全身回復しそうな御店ですね(^3^)/

ブログアップありがとうございます(^3^)/

天野三郎

お花綺麗ですね!花瓶も素敵です。
この前のパン屋といい、今回のお弁当といい、
奄美で行って見たい場所が増えてきます!

キキ

元さ~ん(^^)
行く!元さんの歌聴きたいです♪
仕事終わらせたら、マイカーかっ飛ばし大川さっ♪ゆきますです。楽しみです(´▽`)

キキ

春を感じます 綺麗です癒やされます 可愛い~

お弁当美味しそうですね
先日奄美に行ったとき、島の人達が海を眺めながらお弁当食べているのを見ました。何かいいなぁ~とかんじました。
次奄美に行けたら、お弁当屋「かりん」さん探して奄美の海眺めながらピクニックしたいと思います(´▽`)

ロメオ

美味しそうですね。奄美にいつか行きたいです。近い未来に行きたいです。人形もカワイイです。

t-papa

毎日、朝食の用意や、お子様のお弁当作り、お掃除、お洗濯と、女の人って本当に大変ですよね。----そんな中で「花を飾ってほっとされる」のっていいですね。
何か、前衛的な活け方にも見えますが---綺麗ですね、花の色のバランスが良いのかな---元さん、センスありますね。

「お弁当とお惣菜」が美味しいんですか。きっと島で採れた個々の素材が良いからじゃないのかな。「かりん」さんていうのね。----いつ奄美に行けるかどうかも分からないけれど、覚えておきますね。

島は風が強いのですか?
最近、「PM2.5」という有害な粒子状物質が中国から飛ばされて来て、福岡などの北九州あたりは、大変だと聞いたけれど、さすがに奄美大島は大丈夫なのかな。
元さんのところは、小さいお子様達がいるので、少し心配していましたが、風が強ければきっと大丈夫なのでしょうね。

私のいる関東地方や東北は「放射性物質」、九州は「粒子状物質」と子供たちの健康が心配な世の中になってしまいましたね。
私達大人がしっかりしないとね。

奄美の季節のお写真とコメント、また楽しみにしています。

(追伸:「はせあき」さん、過日のコメント有難うございます。これからもご一緒に、元ちとせさんを応援して行きましょうね。)

フクタカ

もちろん、花を飾ってテンションを上げるのは良いことです!ち~ちゃんの花を飾ってほほえんでいる姿が目に浮かぶようです。弁当とか美味いんですかぁ。行って食べてみたいなぁ。ブログありがとうございました!!

akihiko

ちーちゃん、こんにちは。(^ー^)/
素敵な花瓶に一輪挿し.....。何だか、ホッとするなぁ~♥(*^-^*)
友達から頂いた我が家のシクラメン(ビクトリア)も、綺麗に咲いてくれてます。(*^-^*)V 生活の中に、ちょっとでも花が有ると笑顔になるよね~~。(*^-^*)
奄美で、食べた食事・・・・・確かに、美味しかったです。
今日も、穏やかな1日になりますように・・・・(祈♥)
富愛斗♥

mikazuki

カサリンチュ、コウスケのキッチンマカロニに続いて奄美で目指すお弁当屋さんが増えた♪♪

是非、今年のSSSに探してみたいですっ!!

たぶん少人数でまごころ込めて作ってるからおいしいんやわぁ~^v^

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