« 台風接近中。 | メイン | お気に入り発見! »
原爆投下から64年、またこの日がやってきました。 悲惨な出来事を風化させないために私が出来る小さなことは「死んだ女の子」を歌い続けることだと思ってます。 今年もこれからもずっとこの歌を歌い続けていきたいと思います。
すみません、追文です。 歌い続けると言ってくれたちーちゃん、ほんとうにありがとう
投稿情報: かえで | 2009年8 月 9日 (日) 20:11
今日は8月9日。 私のふるさと長崎で原子爆弾が投下された日です。 11時2分、悪魔の爆弾が投下され、多くの命が奪われました。 何もわからないまま、奪われた命がたくさんあります。 行方のわからない家族を探し回った祖父が、生前「戦争なんてしてもなんも意味のなかよ」とつぶやいていました。 何の罪もない人間がもがき苦しみ死んだこの日を、ただの過去の出来事にしてはいけないと思います。 ちーちゃん、これからもずっと、死んだ女の子を歌い続けてくださいね。
投稿情報: かえで | 2009年8 月 9日 (日) 20:07
広島と長崎での戦争中の悲劇。 世界にある戦争後に起きた核実験や原発事故の悲劇。 知らないことが多すぎるし、知らされていないことも 多すぎると思います。 私たちは、知る手段の多くを手にしていますね。 でも心に響かせる手段はどうでしょうか。 体験者の語りであったり、絵画であったり・・・。 この曲は、聴く人の心に何かを残し、何かを芽生えさせる。そんな曲だと思います。
投稿情報: satoshi | 2009年8 月 8日 (土) 09:32
女の子の欲しかったあまいあめ玉 私たちは手に取り 口にすることができるようになったけれど 女の子の思いは 今の私達を見て 微笑んでいるのでしょうか 悲しんでいるのでしょうか
この世にたったひとつのあめ玉が 私の掌の中にあったとしたら 私は そのあめ玉を本当に必要としている人に そっと手渡すことができるだろうか…と 考えてしまうのです
自分の事しか考えないことが 争いに繋がるのなら 傍にある人の命を想い 遠くにある人の命を想い 小さな手を差し伸べることが 平和へ繋がるのだと思うのです
いつまでも歌い続けてくださいね。。。
投稿情報: ひかり | 2009年8 月 7日 (金) 21:42
昨日になってしまいましたが、8.6は広島出身のわたしにとって、特別な日です。
あのきのこ雲の下で一瞬にして消えたたくさんの命・・・。
64年前のあの日、私の祖母は瀬戸内のみかん畑できのこ雲を見ました。 昨日の平和式典をテレビで観ていた私の娘は、「戦争ってなに?」と言いました。 2つの世代に挟まれた私は、今いる子供たちに原爆の恐ろしさ、戦争の愚かさ、平和の尊さを語り伝えなければならないと、改めて考えさせられました。
『死んだ女の子』歌い続けてください。。。
話は変わりますが、今年は境港、東郷湖、出雲大社で、ちぃちゃんの唄が聴けそうです。 お体、ご自愛ください。
投稿情報: 同い年 | 2009年8 月 7日 (金) 21:10
思い出したくない恐ろしい出来事でしたが、 絶対に忘れてはならない人間の過ちだと思います。 今意識はあるけれど、もう話すことができないおばあちゃんが昔、 私にたくさんの話をしてくれました。 今は平和なように思えますが、 人間はときに愚かな物で、 同じ過ちを犯してしまいます。 そんなことがないように、 ちとせさんは歌で伝えてほしいです。 ちとせさんの歌を聴くと、 どうしても泣いてしまってつらいのですが、 しっかり受け止めなければといつも感じます。 皆さんのコメントを読んだだけで涙ぐんでしますね。。。
それからこの前はちょっとちぐはぐなコメントをしてしまい、ごめんなさい。 先に新しい日記を読んでコメントしてしまったので。
そんな私も8月9日に28になります。 複雑。。。
投稿情報: ゆうこりんりん | 2009年8 月 7日 (金) 20:54
あたしもこの原爆の話は 何度も聞いた事があります。 小学校の発表会でも劇で やりましたっ(´pωq`)
何回聞いても、哀しくなります。 うーん、何て言えば 良いかわからないですけど ちーちゃんの「死んだ女の子」 あたしも聴き続けます。
これからも、この世に 生まれて生きてる人や 原爆で亡くなってしまった 天国にいる人達に ちーちゃんの声を 届け続けてくださいね!
投稿情報: 綾子 | 2009年8 月 7日 (金) 15:43
「死んだ女の子」が配信されてから毎日聴いています。
平和な世界は全ての人の願いであり、祈りであると思います。
ちとせさんが、歌うことでメッセージを伝えていくことはとても素晴らしいことです。
投稿情報: MELODY | 2009年8 月 7日 (金) 06:28
ぜひ、歌い続けてください。 原爆を経験した方々は、今少なくなっていますが、 原爆のあった歴史は、決して消えません。 二度と同じことが起こらないように、その悲惨さを 伝え続けてください。
投稿情報: みるく | 2009年8 月 7日 (金) 06:11
戦争の悲惨さを忘れない為にもちーちゃんがこの歌を歌い続けることには大きな意義があると思います。 歌に込められた思いを馳せながら、平和への願いを強めたいと思います。
投稿情報: 天野三郎 | 2009年8 月 7日 (金) 01:34
この歌を聴いた時、背筋がぞくっとしました。 原爆の恐ろしさ、平和への祈りがちとせさんの声から 訴えられているのですね。 私は大学時代、沖縄の戦争について勉強をしていましたが、 原爆の恐怖も同じ。 本当の平和が来ることを心から思います。
投稿情報: 繭子 | 2009年8 月 7日 (金) 00:37
この歌を歌い続けるというちとせさんを尊敬します。 今年はオバマ氏の核廃絶宣言で長崎の被爆者の方たちも大きな希望を持ちました。 願い続けることが力になることを感じました。 「死んだ女の子」を歌うちとせさんも、ぼくたちを勇気付ける大きな力です。
投稿情報: 猪 | 2009年8 月 7日 (金) 00:13
ちとせちゃんが『死んだ女の子』を歌い続けてくれる事。そして私たちがしっかりと語り継いでいく事。大切な事だと思います。
投稿情報: まさみ | 2009年8 月 6日 (木) 23:46
ニュース23で放送された、ドームでの坂本竜一さんとの演奏は とても胸を打たれました。
あの川で水を求めて亡くなっていった人たちも、心をなぐさめられた のではないでしょうか。
原爆認定の訴訟も全国で起こり、連敗した国もようやく重い腰を あげて対策を立てました。 しかし、被爆2世、日本人でない海外在住の広島・長崎の 被爆者も含め、これから先の発症の恐怖、 政策や法律ができても、それぞれ被害を受けた人、 肉親や友人を失った人の心にはずっと残り、 それを抱えて生きていかなければなりません。
最初はこの曲をすすめられても、題材が重すぎてご遠慮されて おられたそうで、最初のお子さんが生まれてから、 唄いたくなった、唄わないといけないと思った、 という話を聞きました。
これから世の中に出て行く子供のために、少しでも 良い世の中にしていきたいという気持ちだったのでしょうか。
「語り継ぐこと」もいい歌ですね。 原爆も含め、他のいろんな悲劇の当時者の方々が 次々と亡くなられている今、 経験していない若い人、そのお子さんたちが後を継いで 語り継いでいます。
ちとせさんの唄う力が、人に伝える大きな力をもって いるからこそ、これからも祈り、唄っていってほしいです。
投稿情報: ひろさん | 2009年8 月 6日 (木) 22:56
ちとせさんが、「死んだ女の子」を歌い続けることで、悲惨な出来事を風化させないだけではなく、原爆で、亡くなった人達やいまだ苦しんでいる人達の魂も癒されるのではないでしょうか?
ちとせさんの歌や人柄は、人々の魂を癒したり、勇気づけたり、楽しくさせたりする力が、有ると思います。
これからも、歌い続けてもらえれば、うれしいです。
ブログありがとうございました。
投稿情報: フクタカ | 2009年8 月 6日 (木) 21:07
今年もこの日がきました。 死んだ女の子の歌が頭をめぐっていました。
朝、市から黙祷をささげるようにアナウンスがありました。
娘は不思議そうでしたが、説明しました。
風化させてはいけないですね。
投稿情報: 愛奈のママ | 2009年8 月 6日 (木) 20:50
ぜひ、ずっと歌い続けてください。
投稿情報: なお | 2009年8 月 6日 (木) 20:46
こんばんは。初めてコメントさせて頂きます。 今日TVで、広島の平和式典を見ました。広島に原爆が落ちたあの日からまったく色褪せないような苦しみを抱えた表情で、一心にお祈りしているおばあちゃんの姿を見て、戦後生まれの私には計り知れない思いをされてきたのだと思いました。 ちとせさんの“死んだ女の子”を『ハナダイロ』で聴いた時、とても重くつらいものを感じました。誤解される言い方かもしれませんが、聴くのが少しつらいような。でも歌を作った人と、歌うちとせさん、そして歌に、平和を願う心を強く感じました。
私も、平和な世界になっていくよう自戒を込めて願っています。
投稿情報: カナリヤ | 2009年8 月 6日 (木) 20:37
はじめまして。この歌を聴いた意見を書きます。よく思うのですが、戦争や色んな被害で哀れられるのは(小さな女の子)だなあと思います。やはり一番弱者だからでしょうか。例えばシンドラーのリストのオープニング映像や際立たせるのは赤い服を着た女の子ですし、そういうものは周りを見渡すと多々あることに気づかされます。そしてそういうものを製作するのは男性が多いこと、しかし戦争をするのは男性であること…。とても違和感を感じるし矛盾していて、一種の男性のナルシシズムを感じたり…。自分に娘がいたらやは憤りを感じるのですが、女の子を被害者に仕立てて哀れむ作品が多いことや、被害が増える現実、どこか男性の弱さや甘さというものが否めません。この歌を聴いた時、娘さんをもたれて使命感がおうまれになったのだろうかと思うと同時に、男性のナルシシズムも投影されてしまっているかもしれない歌を女性の歌い手さんが歌う というのも腑に落ちない感じがありました。女性ならばこの歌に怒っていいんじゃないか?と感じました。私は女なので、そういう悲劇の語りのものに(女の子)が利用されるのはたまらなく嫌です。(女の子)とすることでより一層気の毒意識が増すのもです。でもそれは現実なのだとも思います。女の子じゃなく(こども)であったらな…と思います。でもやはり(女の子)でしょうか。考えます。 すいません 長々とこのような個人の考えをblogコメントに書いてしまいましたが、ふさわしくないかもしれないので消去していただいてもかまいません。ちとせさんの歌でより一層考えるきっかけを得ることができました。
投稿情報: あや | 2009年8 月 6日 (木) 13:21
原爆投下があったという出来事は、 日本人として忘れてはいけない、伝いつづけなければならない事だとおもいます。
小さなこととはいわず、もっと世界にアピールしましょう!!
ちーちゃん、これからもずっとこの歌を歌い続けてください
投稿情報: たぁ坊 | 2009年8 月 6日 (木) 13:07
こんにちは。確かに、ちーちゃんの言うとおり日本人が忘れてはいけない事、考えて行かなければいけない事だと思いますね。一分一秒でも早く、世界中が平和になりますように・・・(祈)。
投稿情報: akihiko | 2009年8 月 6日 (木) 12:54
ちとせさんが歌う『死んだ女の子』は、アレンジが良いですね。 いやいや、ちとせさんが歌っているから良いのはもちろんです。
同じ事を二度とやってはいけないと、思い続ける事が大事ですが、 日常の中の8月6日や8月9日は、す〜と過ぎてしまいます。 そんな時、ちとせさんの『死んだ女の子』を聞くと、 思いを新たにする事ができます。 これって、とってもすごい事だと思います。
誰もがやりたがらない事を敢然とやり続けるちとせさんは、 かっこ良いです。
投稿情報: はせあき | 2009年8 月 6日 (木) 11:54
この記事へのコメントは終了しました。
すみません、追文です。
歌い続けると言ってくれたちーちゃん、ほんとうにありがとう
投稿情報: かえで | 2009年8 月 9日 (日) 20:11
今日は8月9日。
私のふるさと長崎で原子爆弾が投下された日です。
11時2分、悪魔の爆弾が投下され、多くの命が奪われました。
何もわからないまま、奪われた命がたくさんあります。
行方のわからない家族を探し回った祖父が、生前「戦争なんてしてもなんも意味のなかよ」とつぶやいていました。
何の罪もない人間がもがき苦しみ死んだこの日を、ただの過去の出来事にしてはいけないと思います。
ちーちゃん、これからもずっと、死んだ女の子を歌い続けてくださいね。
投稿情報: かえで | 2009年8 月 9日 (日) 20:07
広島と長崎での戦争中の悲劇。
世界にある戦争後に起きた核実験や原発事故の悲劇。
知らないことが多すぎるし、知らされていないことも
多すぎると思います。
私たちは、知る手段の多くを手にしていますね。
でも心に響かせる手段はどうでしょうか。
体験者の語りであったり、絵画であったり・・・。
この曲は、聴く人の心に何かを残し、何かを芽生えさせる。そんな曲だと思います。
投稿情報: satoshi | 2009年8 月 8日 (土) 09:32
女の子の欲しかったあまいあめ玉
私たちは手に取り
口にすることができるようになったけれど
女の子の思いは
今の私達を見て
微笑んでいるのでしょうか
悲しんでいるのでしょうか
この世にたったひとつのあめ玉が
私の掌の中にあったとしたら
私は
そのあめ玉を本当に必要としている人に
そっと手渡すことができるだろうか…と
考えてしまうのです
自分の事しか考えないことが
争いに繋がるのなら
傍にある人の命を想い
遠くにある人の命を想い
小さな手を差し伸べることが
平和へ繋がるのだと思うのです
いつまでも歌い続けてくださいね。。。
投稿情報: ひかり | 2009年8 月 7日 (金) 21:42
昨日になってしまいましたが、8.6は広島出身のわたしにとって、特別な日です。
あのきのこ雲の下で一瞬にして消えたたくさんの命・・・。
64年前のあの日、私の祖母は瀬戸内のみかん畑できのこ雲を見ました。
昨日の平和式典をテレビで観ていた私の娘は、「戦争ってなに?」と言いました。
2つの世代に挟まれた私は、今いる子供たちに原爆の恐ろしさ、戦争の愚かさ、平和の尊さを語り伝えなければならないと、改めて考えさせられました。
『死んだ女の子』歌い続けてください。。。
話は変わりますが、今年は境港、東郷湖、出雲大社で、ちぃちゃんの唄が聴けそうです。
お体、ご自愛ください。
投稿情報: 同い年 | 2009年8 月 7日 (金) 21:10
思い出したくない恐ろしい出来事でしたが、
絶対に忘れてはならない人間の過ちだと思います。
今意識はあるけれど、もう話すことができないおばあちゃんが昔、
私にたくさんの話をしてくれました。
今は平和なように思えますが、
人間はときに愚かな物で、
同じ過ちを犯してしまいます。
そんなことがないように、
ちとせさんは歌で伝えてほしいです。
ちとせさんの歌を聴くと、
どうしても泣いてしまってつらいのですが、
しっかり受け止めなければといつも感じます。
皆さんのコメントを読んだだけで涙ぐんでしますね。。。
それからこの前はちょっとちぐはぐなコメントをしてしまい、ごめんなさい。
先に新しい日記を読んでコメントしてしまったので。
そんな私も8月9日に28になります。
複雑。。。
投稿情報: ゆうこりんりん | 2009年8 月 7日 (金) 20:54
あたしもこの原爆の話は
何度も聞いた事があります。
小学校の発表会でも劇で
やりましたっ(´pωq`)
何回聞いても、哀しくなります。
うーん、何て言えば
良いかわからないですけど
ちーちゃんの「死んだ女の子」
あたしも聴き続けます。
これからも、この世に
生まれて生きてる人や
原爆で亡くなってしまった
天国にいる人達に
ちーちゃんの声を
届け続けてくださいね!
投稿情報: 綾子 | 2009年8 月 7日 (金) 15:43
「死んだ女の子」が配信されてから毎日聴いています。
平和な世界は全ての人の願いであり、祈りであると思います。
ちとせさんが、歌うことでメッセージを伝えていくことはとても素晴らしいことです。
投稿情報: MELODY | 2009年8 月 7日 (金) 06:28
ぜひ、歌い続けてください。
原爆を経験した方々は、今少なくなっていますが、
原爆のあった歴史は、決して消えません。
二度と同じことが起こらないように、その悲惨さを
伝え続けてください。
投稿情報: みるく | 2009年8 月 7日 (金) 06:11
戦争の悲惨さを忘れない為にもちーちゃんがこの歌を歌い続けることには大きな意義があると思います。
歌に込められた思いを馳せながら、平和への願いを強めたいと思います。
投稿情報: 天野三郎 | 2009年8 月 7日 (金) 01:34
この歌を聴いた時、背筋がぞくっとしました。
原爆の恐ろしさ、平和への祈りがちとせさんの声から
訴えられているのですね。
私は大学時代、沖縄の戦争について勉強をしていましたが、
原爆の恐怖も同じ。
本当の平和が来ることを心から思います。
投稿情報: 繭子 | 2009年8 月 7日 (金) 00:37
この歌を歌い続けるというちとせさんを尊敬します。
今年はオバマ氏の核廃絶宣言で長崎の被爆者の方たちも大きな希望を持ちました。
願い続けることが力になることを感じました。
「死んだ女の子」を歌うちとせさんも、ぼくたちを勇気付ける大きな力です。
投稿情報: 猪 | 2009年8 月 7日 (金) 00:13
ちとせちゃんが『死んだ女の子』を歌い続けてくれる事。そして私たちがしっかりと語り継いでいく事。大切な事だと思います。
投稿情報: まさみ | 2009年8 月 6日 (木) 23:46
ニュース23で放送された、ドームでの坂本竜一さんとの演奏は
とても胸を打たれました。
あの川で水を求めて亡くなっていった人たちも、心をなぐさめられた
のではないでしょうか。
原爆認定の訴訟も全国で起こり、連敗した国もようやく重い腰を
あげて対策を立てました。
しかし、被爆2世、日本人でない海外在住の広島・長崎の
被爆者も含め、これから先の発症の恐怖、
政策や法律ができても、それぞれ被害を受けた人、
肉親や友人を失った人の心にはずっと残り、
それを抱えて生きていかなければなりません。
最初はこの曲をすすめられても、題材が重すぎてご遠慮されて
おられたそうで、最初のお子さんが生まれてから、
唄いたくなった、唄わないといけないと思った、
という話を聞きました。
これから世の中に出て行く子供のために、少しでも
良い世の中にしていきたいという気持ちだったのでしょうか。
「語り継ぐこと」もいい歌ですね。
原爆も含め、他のいろんな悲劇の当時者の方々が
次々と亡くなられている今、
経験していない若い人、そのお子さんたちが後を継いで
語り継いでいます。
ちとせさんの唄う力が、人に伝える大きな力をもって
いるからこそ、これからも祈り、唄っていってほしいです。
投稿情報: ひろさん | 2009年8 月 6日 (木) 22:56
ちとせさんが、「死んだ女の子」を歌い続けることで、悲惨な出来事を風化させないだけではなく、原爆で、亡くなった人達やいまだ苦しんでいる人達の魂も癒されるのではないでしょうか?
ちとせさんの歌や人柄は、人々の魂を癒したり、勇気づけたり、楽しくさせたりする力が、有ると思います。
これからも、歌い続けてもらえれば、うれしいです。
ブログありがとうございました。
投稿情報: フクタカ | 2009年8 月 6日 (木) 21:07
今年もこの日がきました。
死んだ女の子の歌が頭をめぐっていました。
朝、市から黙祷をささげるようにアナウンスがありました。
娘は不思議そうでしたが、説明しました。
風化させてはいけないですね。
投稿情報: 愛奈のママ | 2009年8 月 6日 (木) 20:50
ぜひ、ずっと歌い続けてください。
投稿情報: なお | 2009年8 月 6日 (木) 20:46
こんばんは。初めてコメントさせて頂きます。
今日TVで、広島の平和式典を見ました。広島に原爆が落ちたあの日からまったく色褪せないような苦しみを抱えた表情で、一心にお祈りしているおばあちゃんの姿を見て、戦後生まれの私には計り知れない思いをされてきたのだと思いました。
ちとせさんの“死んだ女の子”を『ハナダイロ』で聴いた時、とても重くつらいものを感じました。誤解される言い方かもしれませんが、聴くのが少しつらいような。でも歌を作った人と、歌うちとせさん、そして歌に、平和を願う心を強く感じました。
私も、平和な世界になっていくよう自戒を込めて願っています。
投稿情報: カナリヤ | 2009年8 月 6日 (木) 20:37
はじめまして。この歌を聴いた意見を書きます。よく思うのですが、戦争や色んな被害で哀れられるのは(小さな女の子)だなあと思います。やはり一番弱者だからでしょうか。例えばシンドラーのリストのオープニング映像や際立たせるのは赤い服を着た女の子ですし、そういうものは周りを見渡すと多々あることに気づかされます。そしてそういうものを製作するのは男性が多いこと、しかし戦争をするのは男性であること…。とても違和感を感じるし矛盾していて、一種の男性のナルシシズムを感じたり…。自分に娘がいたらやは憤りを感じるのですが、女の子を被害者に仕立てて哀れむ作品が多いことや、被害が増える現実、どこか男性の弱さや甘さというものが否めません。この歌を聴いた時、娘さんをもたれて使命感がおうまれになったのだろうかと思うと同時に、男性のナルシシズムも投影されてしまっているかもしれない歌を女性の歌い手さんが歌う というのも腑に落ちない感じがありました。女性ならばこの歌に怒っていいんじゃないか?と感じました。私は女なので、そういう悲劇の語りのものに(女の子)が利用されるのはたまらなく嫌です。(女の子)とすることでより一層気の毒意識が増すのもです。でもそれは現実なのだとも思います。女の子じゃなく(こども)であったらな…と思います。でもやはり(女の子)でしょうか。考えます。
すいません 長々とこのような個人の考えをblogコメントに書いてしまいましたが、ふさわしくないかもしれないので消去していただいてもかまいません。ちとせさんの歌でより一層考えるきっかけを得ることができました。
投稿情報: あや | 2009年8 月 6日 (木) 13:21
原爆投下があったという出来事は、
日本人として忘れてはいけない、伝いつづけなければならない事だとおもいます。
小さなこととはいわず、もっと世界にアピールしましょう!!
ちーちゃん、これからもずっとこの歌を歌い続けてください
投稿情報: たぁ坊 | 2009年8 月 6日 (木) 13:07
こんにちは。確かに、ちーちゃんの言うとおり日本人が忘れてはいけない事、考えて行かなければいけない事だと思いますね。一分一秒でも早く、世界中が平和になりますように・・・(祈)。
投稿情報: akihiko | 2009年8 月 6日 (木) 12:54
ちとせさんが歌う『死んだ女の子』は、アレンジが良いですね。
いやいや、ちとせさんが歌っているから良いのはもちろんです。
同じ事を二度とやってはいけないと、思い続ける事が大事ですが、
日常の中の8月6日や8月9日は、す〜と過ぎてしまいます。
そんな時、ちとせさんの『死んだ女の子』を聞くと、
思いを新たにする事ができます。
これって、とってもすごい事だと思います。
誰もがやりたがらない事を敢然とやり続けるちとせさんは、
かっこ良いです。
投稿情報: はせあき | 2009年8 月 6日 (木) 11:54